大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和52年(行ツ)70号 判決 1977年11月08日

上告人

宮城県選挙管理委員会

右代表者

松坂清

右訴訟代理人

萩原博司

林久二

右指定代理人

畑正敏

外三名

参加人

大江真志次

右訴訟代理人

小山田久夫

被上告人

雫石鉄夫

外二名

右三名訟訟代理人

阿部長

外一名

主文

原判決を破棄する。

本件を仙台高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人萩原博司、同林久二の上告理由第一点の一、二及び参加人代理人小山田久夫の上告理由第二について

論旨は、本件一九票の不在者投票について請求兼宣誓書の記載のみによつて不在者投票の事由の存否を判断した原判決には審理不尽の違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである、というにある。

そこで考えるのに、不在者投票は、当日投票に対する例外的なものとして、公職選挙法四九条一項各号所定の不在者投票の事由がある場合にのみ許されるものであつて、不在者投票をしようとする選挙人は、選挙管理委員会(以下「選管」という。)の委員長に対して不在者投票用紙等の交付を請求する場合に、選挙の当日みずから投票所に行つて投票することができない事由を申し立てるとともに、右申立てが真正であることを誓う旨の宣誓書をあわせて提出することを要し、右請求を受けた選管の委員長は、その申立てにかかる事由が不在者投票の事由に該当するかどうかを審査し、これに該当するものと認定した場合請求に応じなければならないのである(公職選挙法施行令五二条、五三条一項)。選挙人の右申立ては、法令上その方式についてなんらの定めもないから、必ずしも書面によることを要せず、口頭によることも差しつかえなく、右申立てが書面でされた場合にその記載の不備な点を口頭で補足説明することももとより妨げないものである。また、宣誓書には右申立てにかかる事由が一見して法定の不在者投票の事由に該当することが明白な程度に記載されていることが望ましいことはいうまでもないが(公職選挙法施行規則九条、別記第一〇号様式参照)、宣誓書は、選挙人がその申立ての真正であることを誓う点に意味があるのであつて、必ずしもこれにその申立ての事由を右の程度にまで完全に記載させることを主眼とするものではなく、また、宣誓書の記載をする一般の選挙人にそのような記載を要求することは難きをしいるものであることなどに照らせば、宣誓書に右の程度に完全な記載がされることを要求しているものとまでは解されない。そして、選管の委員長は右のような宣誓書等の書面の記載と口頭説明の内容とをあわせ考慮して前記の認定をするものであることにかんがみれば、裁判所が選管の委員長の右認定の当否を判断するにあたつては、裁判所もまた、右宣誓書等の書面の記載と口頭説明の内容とをあわせ考慮することを要し、右のいずれか一方、例えば宣誓書等の記載のみによつて右の判断をすることは、口頭説明の内容が宣誓書等の書面の記載の程度を出ないものであるなど口頭説明の内容を考慮しないことを相当とするような特段の事情のない限り、審理不尽の違法をおかすものといわなければならない。

これを本件についてみるのに、原審が、本件一九票の不在者投票について、選挙人の提出した請求兼宣誓書の記載のみによつて不在者投票の事由に関する矢本町選管の委員長の認定の当否を判断したものであることは、原判文に徴して明らかである。しかしながら、本件選挙の際矢本町選管の書記長をしていた阿部勝雄の原審における証言によれば、矢本町選管の委員長は、請求兼宣誓書の記載のみによつて右認定をしたものではなく、右の記載のほか選挙人の口頭説明の内容をもあわせ考慮して認定したものであることがうかがわれるから、右口頭説明の内容を全く考慮しないことを相当とするような特段の事情の存することについてなんら説示することなく、請求兼宣誓書の記載のみによつて本件一九票の不在者投票について不在者投票の事由に関する矢本町選管の委員長の右認定が誤りであるとした原判決には、審理不尽の違法があるものといわなければならない。そして、原判決の右違法は、その結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり、その余の上告理由について論及するまでもなく、原判決は破棄を免れず、更に審理を尽くさせるため本件を原審に差し戻す必要がある。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見により、主文のとおり判決する。

(天野武一 江里口清雄 高辻正己 服部高顕 環昌一)

上告代理人萩原博司、同林久二の上告理由

原判決は、公職選挙法の解釈適用を誤り、その違法は原判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、破棄されるべきである。

第一点 原判決は公職選挙法(以下「法」という。)四九条一項二号及び同法施行令(以下「令」という。)五二条の解釈を誤つている。

一 原判決は、石垣伸樹外一八名の不在者投票につき、不在者投票の請求兼宣誓書の記載からは、観光慰安旅行ないしは単なる私事旅行と解されるにとどまり、やむを得ない用務または事故にあたる内容の記載があるとは認められず、適法な不在者投票の事由にあたらない旨判示している。この判示は、(1) 不在者投票の事由の存否を請求兼宣誓書の記載文言のみにより判断していること、(2) 右記載内容によつてはやむを得ない用務にあたるものと解せられないとしていることの二点においてその判断を誤つている。

二(1) 令五二条によれば、「選挙人は、選挙の当日自ら投票所に行き投票をすることができない事由を申し立て、かつ、当該申立てが真正であることを誓う旨の宣誓書をあわせて提出しなければならない」と定められており、宣誓書の様式は、同法施行規則九条、別記一〇号様式の定めるところである。

(2) 不在者投票事由の申立てそのものについては、文書でも口頭でも差支えなく、その様式につき格別の定めもない。この申立てにあわせて宣誓書を提出べきものとされているのであるから、不在者投票事由の申立てと宣誓書の提出とは、当然一体不可分のものでなければならないということはなく、申立てと宣誓書の提出とが別個の行為であつても、もとより差支えない。

本件選挙の執行においては、選挙人は、町選挙管理委員会の窓口において、まず口頭にて不在者投票事由の申立てを行い、選挙管理委員会の職員による不在者投票事由の確認を得てから、請求兼宣誓書と題する書面に記載をしたものである(証人阿部勝雄の供述)。

請求兼宣誓書の記載のみにより、「不在者投票事由の申立て」が行われたものではなく、原審もそのような事実の認定はしていない。もつとも、原審は、申請者が記載した不在者投票事由の記載が不備な場合は、補筆させたり、加筆したりして記載を整えた旨判示するところがあるが、これは、被上告人らの不正記入との主張についての判示であるにすぎず、これをもつて、本件不在者投票事由についての申立てが、書面の記載のみにより行われ、口頭による申立ては一切無かつたものとの事実を認定しているものとは到底解することはできない。

かえつて、前記証人阿部の供述、令五二条の規定、及び一般的に認められる選挙管理委員会の不在者投票の事務処理の実態から考えれば、選挙人は、当然まず口頭で不在者投票事由の申立てをしたものと認められるのである。

選挙人から提出された請求兼宣誓書における不在者投票事由に関する記載は、選挙人の申立てた不在者投票事由のすべてである必要はなく、またそのすべてが記載されているわけでもない。

宣誓書の様式によれば、不在者投票事由をなるべく詳細に記載べきものとされているが、この宣誓書は、令五二条の規定にみられるとおり、選挙人の不在者投票事由に関する申立てが真正であることを誓う旨の書面であつて、真正であることを誓う点にこの書面の意味があるのであり、この書面の記載内容のみから不在者投票事由の存否を判断すべき性質のものではない。この書面の提出と別個に不在者投票事由の申立てが行われるときは、その申立ての内容により、不在者投票事由の存否が判断されるものである。そして、前記のとおり、この申立て自体につき様式の定めはなく、口頭の申立てももとより許されているのである。

(3) 原判決は、令五二条の「事由を申し立て、かつ、宣誓書をあわせて提出」という関係を理解せず、もしくは、「事由を申し立て」た点がどうであつたかについて事実の審理及び認定をすることなく、単に請求兼宣誓書の記載のみにより、不在者投票事由の存在しない旨を判示しているのである。原判決は、法四九条一項二号及び令五二条の解釈を誤り、もしくは審理不尽の違法を犯しているものである。

(4) 前記のとおり、証人阿部勝雄の供述によれば、不在者投票事由については十分聞いており、絶対該当すると認めたものについて宣誓書に書いてもらつたものであること、記載した内容以上に具体的に聞いていること、旅館とか日程が変更できないものであると申し立てられたこと、選挙人石垣伸樹の台北旅行は商売上の業務ときいていること、用事の内容までは書かせなかつたこと等を認めることができる。選挙人の口頭による申立てについての不在者投票事由の確認は行われていたものである以上、かりに、請求兼宣誓書の記載内容からは、不在者投票事由を認めるに足りないとしても、不在者投票の管理手続に違法はないというべきである。

(5) 御庁第二小法廷 昭和四二年一月一三日判決、最高裁判所裁判集民事八六号三三頁、愛媛県松前町議会議員選挙無効事件において

「選挙の当日旅行中であるべきことを不在事由とする前示各証明書の記載は、あるいはその旅行目的に全く触れるところなく、あるいは旅行目的の記載はあるにしても、それがやむを得ない用務であること、すなわち選挙当日の投票のためにその予定を変更しては自己の用務の達成に支障をきたすべき事情を推認させるのに足りる記載を欠くことは、各証拠に徴して明らかであり、いずれも法四九条二号該当事由を証明するに足りない。しかも、論旨の主張するように、それら証明書による不在者投票の請求の受理にあたり、町選挙管理委員会の不在者投票管理を担当する職員において、それら証明書のそれぞれについて記載の不備を補足するに足りる説明を受けて不在事由を確認した具体的事実の存することも、また認められない。」

と判示している。

当該判決の事案は、証明書の記載に関するものであるから、宣誓書に関する本件には適切ではないが、証明書についても補充説明の余地のあることを判示しており、本件の口頭の申立て及び宣誓書に関しては、そもそも口頭の申立てが主であるから、請求兼宣誓書の記載内容のみで判断すべきでないことは、当然のことである。

また、原判決の引用するところではないが、仙台高等裁判所昭和三一年一二月二五日判決、御庁第三小法廷昭和三二年一二月一七日判決、最高裁判所判例集一一巻一三号二二〇〇頁の仙台市長選挙事件の判旨は、原判決の判旨に通ずるところがあるが、右判旨は、疎明書の記載内容の限度内において疎明の有無を判断するほかないとの事実の認定を前提として、各疎明書の記載内容のみによつては、やむを得ない用務であることの記載を含むものということはできないというものである。したがつて、更に、他に疎明があれば、やむを得ない用務と判断される余地があるどうかについては触れるところがないが、疎明の如何により、法律要件を充足する場合のあることを否定する趣旨ではないとも解される。いずれにしろ、本件の場合とは、疎明書の記載内容も異り、一層簡略であるうえ、制度も異にするので、そもそも本件の先例とはなり得ないのである。

三 原判決は、法四九条一項二号の「やむを得ない用務」の解釈を誤つている。<以下、略>

参加人代理人小山田久夫の上告理由

原判決には左記のとおり違法があり、その違法は原判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、破棄されるべきである。

第一、原判決は、法律の解釈を誤つている。<省略>

第二、原判決は、不在者投票事由の判断に関する法令の解釈を誤り、かつ事実認定を誤つている。

原判決は「本件一九票は不在者投票事由の記載ではせいぜい観光慰安旅行ないし単なる私事旅行と解されるに止まり、やむを得ない用務または事故にあたる内容の記載があるとは認められない」と判示し、請求兼宣誓書に記載の文字のみを判断の基準として不在者投票事由が認められないとしている。

しかし、請求兼宣誓書の事由欄の記載は法令上の要件ではでない。公職選挙法施行令第五二条は、選挙人は選挙の当日自ら投票所に行き投票することができない事由を申立て、かつそれが真正である旨の宣誓書をあわせて提出することをもつて足りるとしているのである。また現実の問題として、すべての不在者投票請求者に詳細な具体的事由の記載を求めることは、事実上不可能である(実務上、不在者投票請求者に刻明な記載を求めることによつて、煩雑さを嫌つて棄権するといわれたり、プライバシーの侵害だと抗議されたりして摩擦を生じる例が極めて多いという。また短期間に多数の選挙事務を処理しなければならない担当者にいちいち補充させることは困難である)。

本件不在者投票に当つては、証人阿部勝雄の証言で明らかなとおり、選挙管理委員長が逐一事由についての口頭による申立を聞きただした上、不在者投票事由があると判断しているのである。原判決がこれらの事実を無視し、単に請求兼宣誓書に記載された文字のみをもつて不在者投票事由を認定したのは、法令の解釈上および事実認定上重大な誤りをおかしたものといわなければならない。

第三、原判決には審理不尽の違法がある。<省略>

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